エルヴィス・プレスリー

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エルヴィス・プレスリー

”ロックの王様”と称され、今尚世界中で崇め奉られている偉大な男、エルヴィス・プレスリー。
彼は現代のアイドルやスーパースターの概念の始祖であり、彼以前には全く類型のない稀有の存在であった。だからこそ、彼が自分で曲を作らなかったにも関わらず、ビートルズと共にその功績が２０世紀文化史における輝かしい金字塔と称えられているのである。事実、売上においても、後世への影響力においても、エルヴィスに比べられる存在はビートルズしかいない。本来流行に翻弄される大衆娯楽である筈のロック＆ポップスにおいて、その業績が全般的に永遠性・普遍性を獲得しているという点でもビートルズと共に稀有の存在である。もはや、その影響は音楽だけに留まらず、社会現象を巻き起こした点も共通性がある。

それでは、エルヴィスが何故ビートルズと並ぶ「２０世紀の奇蹟」に成り得たのだろうか。先述の様に、彼はビートルズと違って自ら曲は書かなかった。中にはそれだけでエルヴィスをビートルズより一段下に評価する者もいる。しかし、エルヴィスがいなければ、ビートルズがあれ程の多様性を見せたかどうかは判らない。事実、ビートルズのメンバー達はエルヴィスへの尊敬の念を口にしていた。特にジョン・レノンのエルヴィス好きは有名だった。逆にエルヴィスのビートルズ嫌いも有名だったが。
ビートルズはアーティストとして、そしてエルヴィスはエンターテイナーとして類稀な多様性を持っていた。エルヴィスはロックン・ロール、ロカビリー、カントリー、ゴスペル等多くの要素をたった一人でこなした。更にフランク・シナトラやビング・クロスビー調の甘い美声をも聴かせた。デビュー当時、プロデューサーがエルヴィスに「どんな（ジャンルの）歌を歌えるか？」と尋ねた所、「総て」と彼が答えたのは有名な話だ。そして、事実彼はジャンルの垣根を超えてあらゆる歌を採り上げた。
若し彼が曲を書かないというだけで、低い評価を受けているとするならば、多くの歌手にもそれが適用されねばなるまい。クラシックの声楽家達がモーツァルトやシューベルト、ヴェルディやプッチーニ、ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスを歌って低い評価を下す者がいるだろうか？逆に声楽家が自作を披露するより、大作曲家の曲を聴きたいという事になるのではなかろうか。その他の偉大な演奏家についてもそうだ。例えばフルトヴェングラーの自作の交響曲を聴きたいという人より、フルトヴェングラーの指揮したベートーヴェンを聴きたいと思う人の方が圧倒的に多い。他に目を転じても、例えばフランク・シナトラやビング・クロスビーが自分で曲を作らなかったからといって、その歌を非難する者がいるだろうか？日本でも古くは美空ひばりや越路吹雪、それに最近でも多くのスターやアイドルが他人の書いた歌を歌っている。若し、エルヴィスが曲を書かなかったからという理由で低い評価を与えるならば、こうした歌手達の出る幕は殆どなくなってしまう。そう考えれば、”歌手”としての力量と功績も決して軽んじてはならないだろう。そして、歌手としてのエルヴィスは正に２０世紀の筆頭に数えられるべき多様性を誇っていたのである。
エルヴィスは歌うという事が何より大好きであり、亦その為に大変な努力をしてきた。レコーディング時、自分の納得いく声や歌い方が出来ない時には何度でも歌い直したという。
もう一つ、エルヴィスの世界制覇に大いに貢献したのが”映像”である。映画に盛んに出演する事で、多くの人がエルヴィスの歌い踊る姿に接する事が出来た。１９５０年代に既にプロモーション・ビデオの原点を築いていたのだ。尤も、フレッド・アステアやジーン・ケリーのミュージカルで既に歌って踊るスーパースターの姿は確立されているが、エルヴィスはより大衆的、庶民的であった。反面、腰を振りながら踊るその姿が”低俗”との批判を受けた事も確かである。しかし、若者達は彼を支持し、やがてそれは後年のマイケル・ジャクソンを筆頭とするヴィジュアル世代を準備する事になる。
エルヴィスの生涯も多くの人々の共感を得る一因であろう。極貧から世界の頂点へ。ビートルズの台頭による人気の凋落。麻薬やプライヴェートでの苦悩。そしてあまりに突然で、若い死。実はエルヴィスの再評価はその死をもって始まる。生前は音楽史・文化史の主役をビートルズに奪われたエルヴィスだったが、死後、彼が築き上げた物の大きさに多くの人が気付いたのである。そして、今ではビートルズと共に永遠不滅の価値を獲得している。エルヴィスは時代を象徴する存在であると同時に、後世の人々にアピールする”心”を持っていた。ヴィジュアル面での功績は忘れられがちだが、歌は絶えず愛されている。
エルヴィスは正に歌う事に生命を捧げた稀有のエンターテイナーであった。