ＢＧＭ（フレーム表示）付で見たい方はこちら（既に表示されている方は関係ありません）。

私とビートルズ

ビートルズ

小学３年生でクラシック音楽に目覚めた私は、以後クラシック以外のジャンルを軽視していた。それ迄観ていた歌番組も観なくなり、歌謡曲に疎くなっていた。クラシックのみが永遠不滅の高尚な芸術であり、その他の音楽は直ぐに消え行く安っぽくて中身のない低俗な娯楽と決めてかかっていた。 そうした私の考えを根本から改め、より多くのジャンルの音楽を聴く喜びを与えてくれた存在こそビートルズであり、ビートルズがいなければ恐らく今の私は有得なかったと思う。 それでは、クラシック音楽こそ至高の芸術と考えていた私が、何故ビートルズの音楽を聴く様になったのか。理由は極めて単純である。私の中学時代、ジョン・レノンが亡くなった直後という事もあり、周囲にはビートルマニアが多数存在した。クラシック音楽の話題に興味を持つ者はいないし、まあ話題についていくだけ…という軽い気持ちでビートルズを聴いてみたのである。もう一つの理由としては流行に翻弄されるべき筈の”低俗な娯楽”に属するポップス＆ロックというジャンルにおいて、別格的存在として語り継がれているビートルズへの好奇心もあった。そして、偏見というものが如何に自分自身の視野を狭めてしまっていたかを知る事が出来たのである。 物を作り出すという行為において、”一芸を極める”という方法はほぼ限界に達している。多くのクリエイターは自らの職業のスキルを高める為に他のジャンルの知識も吸収し、独自の手法を追求する様になってきている。映画然り、音楽然り、ゲーム然り、文学然り…。先人が偉大であればある程、後塵を拝する者は苦労するのだ。作り手がなるべく多くの事柄にアンテナを伸ばす世の中になってきた以上、それを受け取る側も或る程度知識を広げる必要があるだろう。それでこそ作品への理解がより深まるというものである。 勿論、趣味というものは正に個人の好みに左右されるものだから、自分が好きなジャンル以外を拒否する事は出来る。人の一生には限りがあるから、恐らくこの地上にある”総て”を体験した事のある人間は皆無であろう。しかし、なるべくそうした中で、食わず嫌いにならぬ様、取敢えず良し悪しの判断は体験してからにした方が好い…と私に悟らせてくれたのがビートルズなのである。 そのビートルズで最初に聴いたのはベスト盤であった。此処で私は”音楽の本質”に触れた。楽器等の違いはあっても、どんな音楽にもリズムやメロディー、そしてダイナミックスは不可欠だと。更にロックやポップスもその多くはクラシックと共通のソナタ形式に近いものが少なくない事に気付いた。即ち、全く別のジャンルの様に見えるけれど、西洋音楽の歴史が確りとベーシックにあるのである。そして、ビートルズの音楽そのものが音楽史の発展と多様性を凝縮した様なものだったのである。 そうなると他も聴いてみたくなるのが人情…。かくして私は色々な音楽を聴く様になった。 しかし、矢張りそうした中でビートルズだけは別格である。先ず第一に普遍性が違う。多くのミュージシャンの曲はそのミュージシャンでなければ魅力を最大限に発揮出来ないものが少なくない。しかし、ビートルズの曲は一度耳にしたら忘れられない明快さを持っているだけでなく、比較的誰にでも簡単に演奏出来る。比率に差はあるものの、メンバー全員が曲を書き、ヴォーカルを担当しているというのも例がない。勿論、ビートルズが最初から後世に残る偉大さを身に付けていた訳ではない。最初は抜群の人気を誇るアイドルであった。この”低俗”との評価が少なくなかったロックやポップスの社会的地位を向上させ、中には最高の芸術作品と同列に論じられるものまで生み出したのは、ビートルズ自身の成長による所が大きい。 ではビートルズの成長を齎したものは何であろうか。それはチャック・ベリーやエルヴィス・プレスリーら偉大な先達であり、ステージでのスタイルを確立したマネージャーのブライアン・エプスタインであり、サウンド確立に貢献したプロデューサーのジョージ・マーティンであり、歌詞の面で影響を与えたボブ・ディランであり、ライヴァルにして好き仲間であるローリング・ストーンズであり、その他諸々の出会いである。そうした要因があったからこそ、ビートルズは空前絶後の成功を収め、殆ど神に近い地位を得続ける事が出来るのだ。即ち、ジョンとポールが、そしてジョージとリンゴがいたからビートルズは偉大だという訳ではない。多くの環が存在して、初めてジョンやポールが傑出した存在に成長する事が出来たのである。 そして、その軌跡が刻印されているものこそ、総ての公式アルバムなのだ。恐らく多くのミュージシャンの曲は後世にはベスト盤のみが残る気がするが、ビートルズだけは全作品が語り継がれると思う。何故なら、それがビートルズなのだから。